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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)16921号 判決 1995年12月13日

原告

マシュウ・ディ・フォレスト

右訴訟代理人弁護士

花輪達也

被告

プルーデンシャル・べーチェ・トレード・サービセズ・インク

右代表者

ジェームス・ギャラハー

右訴訟代理人弁護士

本林徹

相原亮介

原秋彦

米正剛

古曵正夫

久保利英明

末吉亙

渡邊肇

右訴訟復代理人弁護士

菊地伸

品川知久

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三五〇万米ドル及びこれに対する平成元年五月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、① 第一次的に後記三1(一)(1)の条件付株式売買契約又は同(2)の議決権信託契約中の条項に基づく売買代金として、②第二次的に後記二3の株式売買契約の詐欺取消又は錯誤無効による不当利得返還請求権に基づき、三五〇万米ドル及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年五月二三日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提事実(証拠の引用のない事実は争いがない。)

1  当事者等

(一) 原告は、被告が全株式を保有する完全子会社として昭和五九年四月二四日に設立された株式会社ピー・ビー・トレード・コーポレーション(略称KKPB。以下「本件子会社」という。)の代表取締役の地位にあった者である。

本件子会社は、主として木材・合板・合成樹脂・電子機器・食料等の輸出入及びこれに伴う貿易金融並びにセメント・コンクリート等の販売及びその原材料の輸入を業としていた。

(二) 被告 (変更前の商号 プルーデンシャル・べーチェ・トレード・コーポレーション)は、世界有数の生命保険会社であるプルーデンシャル社の関連子会社であり、貿易金融を業とするアメリカ合衆国デラウェア州法人である。

2  被告は、本件子会社の設立当初、同社が株式会社三菱銀行等の金融機関から融資を受けるに際し、右各金融機関との間で、同社の債務に関して継続的保証契約を締結した。

3 原、被告は、昭和六二年三月三一日、被告保有の本件子会社の全株式(以下「本件株式」という。)につき、被告を売主、原告を買主、代金を三五〇万米ドルとして、次のような趣旨の条項を含む株式売買契約(SHAREPURCHASE AND SALE AGREE-MENT。以下「SPSA契約」という。)を締結した(甲一。原文英語。以下、訳文については便宜上原告主張のものを用いるが、当事者間に特に争いのある部分については〔 〕内に被告主張の訳文を併記する。)。

(一) 本件子会社は、売主が右2の継続的保証をしている債務を昭和六二年九月三〇日までに弁済し、売主の右2の保証契約を終了させる(第六条の四)。

(二) 本件子会社が右(一)の履行ができなかった場合、買主は、左(三)に従って売主の利益の為に議決権信託契約を完成〔締結〕する(第六条の五の二)。

(三) 右(二)に基づく債務について買主に不履行があった場合、買主は、売主の利益の為に、一切の株式に対する議決権信託を執行することに合意〔同意〕する。この議決権信託によって、売主は株主総会を招集し、買主の不履行を治癒するため、清算を含む(がこれに限定されない)いかなる方法をとることも許される。買主は、合意済の俸給を受ければ、不履行を治癒し、本件子会社の清算を遂行することについて売主を援助することに合意する。当該議決権契約の最低必要条項として、清算を実行する場合、売主は買主に対して、買主の株式の購入代金に清算後現存する収益金の二分の一を加えた価額で再取得することに合意〔同意〕する;購入代金の全額支払いに代って、売主は、買主の本件子会社からのローン(借入金)を本件子会社に免除させ得る(それは購入価格を按分比例して減額する);売主は本件子会社の事業関係の不必要な破壊を回避する;売主は、本件子会社の従業員の為に必要なものの供給に意を用いる;かつ、売主は、買主、本件子会社及びその従業員に不必要な過度の辛苦をもたらすことを差控える。議決権信託契約の完成〔締結〕は、売主に対する保証の最後の手段として役立つのであり、かつ当事者は議決権信託契約の完成〔締結〕を招来する状況を回避する一切の合理的手段を求めなければならないというのが当事者の意図である(第六条の五の三。この条項を、以下「議決権信託条項」という。)。

(四) 当事者は、本契約(本契約に言及されている書面を含む)の用語は本契約の目的物に関する当事者の最終的な表現であり、以前又は同時のその他のいずれの契約を証拠として、これを否認してはならないと意図する。当事者はさらに、本契約はその用語の完全かつ排他的陳述を構成するものであること、及び本契約に取り入れられているすべての司法上、行政上又はその他の法的手続において、いかなる外部の証拠を導入してはならないことを意図する(第七条の一〇。この条項を、以下「完全合意条項」という。)。

4  SPSA契約の個々の条項に関しては、原、被告間において、右契約の締結に先立つ昭和六二年三月中ごろから同月末までの一六日間にわたり種々の交渉・検討がされた。右事務には、原告、ステファン・エム・ソーブル弁護士(原告の代理人。以下「ソーブル弁護士」という。)、エドガー・ジェイ・ロバーツ(被告執行副社長兼取締役。以下「ロバーツ」という。)及びジョン・イー・フレリイ(被告取締役兼法務部長兼会社秘書。以下「フレリイ」という。)が関与した。原告は、右事務に関してソーブル弁護士の助言を受けており、また、ロバーツ及びフレリイは、当時、いずれもアメリカ合衆国ニューヨーク州の弁護士資格を有していた<証拠略>。

5  原告は、被告に対し、SPSA契約に基づき、本件株式の売買代金として三五〇万米ドルを支払った。

一方、本件子会社は、右3(一)の義務を果たすことができなかった。

6  被告は、昭和六二年一〇月二三日、東京地方裁判所に対し、右2の継続的保証契約に基づく債務を履行することによって取得した本件子会社に対する求償債権を申立債権として、本件子会社の破産申立てを行った(同庁昭和六二年(フ)第四九二号破産申立事件)。そして、同裁判所は、同六三年一二月一九日、本件子会社の破産宣告をした。

7  原告は、被告に対し、平成三年三月二六日の本件第一二回口頭弁論期日において、被告の詐欺を理由としてSPSA契約を取り消す旨の意思表示をした(当裁判所に顕著である。)。

三  争点(この項では、当該当事者主張の訳語のみを用いる。)

1〔争点1〕 SPSA契約の締結により、原、被告間において、本件株式につき、後記(一)(1)又は(2)の契約が成立したか否か(第一次請求関係)。

(一)  原告の主張

(1) 条件付株式売買契約の締結

議決権信託条項には、「清算を実行する場合、売主は買主に対して、原告の株式の購入代金に清算後現存する収益金の二分の一を加えた価額で再取得することに合意する」との部分(以下「株式買戻条項」という。)があるが、その趣旨は、本件子会社の清算の実行を条件として、株式売買契約(売主・原告、買主・被告、売買代金・三五〇万米ドルと本件子会社の清算後に現存する残余財産の半分とを合計した額。以下「本件条件付株式売買契約」という。)を締結したものということができる。

(2) 議決権信託契約の締結及び株式買戻条項の有効性

議決権信託条項は、本件子会社が被告の継続的保証の対象の債務を昭和六二年九月三〇日までに弁済し、被告の右保証契約を終了させることができなかった場合、原告が本件株式の議決権を被告に信託する趣旨の条件付議決権信託契約(以下「本件議決権信託契約」という。)ということができる。

そして、SPSA契約は日本法を準拠法とするところ(第七条の一二)、議決権信託契約は日本法上無効であるから、本件議決権信託契約中の議決権信託に関する部分は無効となる。一方、SPSA契約では、「本契約のいずれの条項又はその条項の個人、実体(第三者)、場所、又は状況への適用が管轄権を有する裁判所により、失効・強制又は無効であると判断された場合でも、本契約の爾余の部分及びその他の個人・実体・場所・状況に対して適用された条項は完全な効力と効果を有する」ものとされている(第七条の一一)から、本件議決権信託契約中の株式買戻条項は有効である。したがって、結果として、本件条件付株式売買契約が締結された場合と同様のこととなる。

(二)  被告の主張

(1) SPSA契約の解釈基準

SPSA契約においては完全合意条項(右第二の二3(四))が定められているから、同契約の各条項については、専ら契約書の記載文言によって当事者の意思を確定しなければならない。

(2) 右(一)(1)(本件条件付株式売買契約の締結)に対する反論

(一) 右(二)(1)に照らすと、株式買戻条項は、その文言上、原、被告間において議決権信託契約が締結される場合に、右契約の「最低必要条項として」盛り込むこととされているにすぎないから、本件条件付株式売買契約は独立の契約として存在しえない。

(二) また、後記(3)のとおり本件議決権信託契約が成立していない以上、本件条件付株式売買契約もまた成立していないというべきである。

(3) 右(一)(2)(本件議決権信託契約の締結及び株式買戻条項の有効性)に対する反論

(一) 右第二の二3(三)のとおり、議決権信託条項は、「買主は、売主のために、すべての本件株式に対する議決権信託を締結することに同意する。」「議決権信託契約の締結は、売主に対する保証の最後の手段として役立つのであり、かつ当事者は議決権信託の締結を招来する状況を回避する一切の合理的手段を求めなければならないというのが当事者の意図である。」旨定めているが、右文言に照らせば、右条項をもって、原、被告間に本件議決権信託契約が成立したとはいえない。

(二) また、右(2)(一)のとおり、株式買戻条項は議決権信託契約が締結される場合に盛り込まれるべき一条項にすぎないうえ、SPSA契約・第七条の一一は、本件議決権信託契約の条項ではない。したがって、原告が主張するように、本体の議決権信託契約が日本法上無効であるとすると、株式買戻条項もまた無効である。

2〔争点2〕 右1(一)(1)又は(2)の契約に付された条件が成就したか否か(第一次請求関係)。

(一) 原告の主張

右第二の二6のとおり、被告は、本件子会社の破産申立てをすることにより、右会社の清算を実行した。したがって、本件条件付株式売買契約の停止条件は成就した。

(二) 被告の主張

株式買戻条項の文言、議決権信託条項により本件子会社の清算が実行された場合の原、被告の権利義務の内容に照らすと、右各条項にいう「清算」の実行とは、原、被告間において議決権信託契約が締結され、被告が右契約で信託された議決権に基づいて本件子会社の清算を実行することを意味し、破産の申立ては含まれないと解すべきである。したがって、原告主張の各契約の条件は成就していない。

3〔争点3〕 SPSA契約が、被告の、原告に対する詐欺により締結されたものであるか否か(第二次請求関係)。

(一) 原告の主張

(1) SPSA契約締結に際し、原、被告間において、① 被告に代わる本件子会社の後援者を探し出し、本件子会社に関する保証契約をこれに引き継ぐという本来被告自身が行うべき被告の日本からの撤退事務を、原告が被告に代わって行うことが同契約の目的であること、② 右事務の報酬として、右事務が成功した場合には原告は新後援者のもとで本件子会社の代表取締役としての地位が保証され、失敗した場合には株式購入代金と清算後の残余財産の二分の一を合計した金額が株式売買代金の名目で被告から原告に支払われることが合意されていた。

右事務は極めて困難なものであったが、原告は、最悪の場合でも投下した株式購入代金は返還されるとの約定を信頼して同契約を締結し、右事務を引き受けたものである。

(2) しかし、被告の真意は全く異なるものであった。すなわち、被告は、当時ほとんど無価値であった本件株式を三五〇万米ドルもの高額で原告に買い取らせ、内金二五〇万米ドルについては、本件子会社から原告に対する貸付け、及び、原告の被告に対する株式購入代金の支払いという法形式を利用して本件子会社から回収したうえ、右撤退事務の完成不能に際し、約定の議決権信託に協力することを拒否して本件子会社の破産申立てを行い、これを理由に清算に伴う本件株式の買戻義務の履行を拒否して、右回収金を確保した。

(3) 以上のとおりであって、被告は、原告に対し、SPSA契約の締結に際し、真実はその意思がないのに、被告が、本件子会社の清算を実行する場合には、同会社の株式を原告の株式購入代金に本件子会社清算後の残余財産の二分の一を加えた価額で買い戻す旨を告げて原告を欺き、その旨原告に誤信させてSPSA契約を締結させたものである。

(二) 被告の主張

右主張は否認し、争う。

4〔争点4〕 SPSA契約に関し、原告に要素の錯誤があったか否か(第二次請求関係)

(一) 原告の主張

右3(一)(1)のような事情に照らすと、原告は、SPSA契約当時、昭和六二年九月三〇日までに新出資者が見つからず、本件子会社が清算されることになった場合には、被告が本件株式を三五〇万米ドル以上で原告から買い戻すものと誤信していた。そして、右錯誤は、SPSA契約の要素に関するものであるから、右契約は無効である。

(二) 被告の主張

(1) 右主張は、否認し争う。

(2) 仮に、原告の意思表示に錯誤があったとしても、原告は、ソーブル弁護士にSPSA契約の条項についてアドバイスを受け、かつ、契約書の文言に従って同契約を締結したことに照らすと、原告には重大な過失があったというべきである。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件条件付株式売買契約等の成否)について

1  SPSA契約の解釈方法

右第二の二3(四)のとおり、SPSA契約には完全合意条項が定められているところ、右第二の二4の事実によれば、SPSA契約の締結に関与した者はいずれも会社の役員(なお、被告側のロバーツ及びフレリイは弁護士資格を有していた。)や弁護士であり、右のような事務に関しては十分な経験を有し、契約書に定められた個々の条項の意味内容についても十分理解し得る能力を有していたというべきであるから、本件においては、右条項にその文言どおりの効力を認めるべきである。すなわち、SPSA契約の解釈にあたっては、契約書(甲一)以外の外部の証拠によって、各条項の意味内容を変更したり、補充したりすることはできず、専ら各条項の文言のみに基づいて当事者の意思を確定しなければならない。

2  原告の主張に対する判断

(一)  原告は、議決権信託条項中の株式買戻条項により、原、被告間に本件条件付株式売買契約が締結された旨の主張をする(右第二の三1(一)(1))。

しかしながら、右議決権信託条項の第一段・第四文は、「当該議決権契約の最低必要条項として」との文言で書き出され、これに続いて、株式買戻条項を含む五つの条項が各々「;(セミコロン)」で区切られて記載されていることに照らすと、株式買戻条項は、単に右にいう「当該議決権信託契約」の一条項として規定されているにすぎないというべきである。したがって、原告の右主張には理由がない。

(二)  また、原告は、議決権信託条項により、原、被告間に本件議決権信託契約が締結されたことを前提とする主張をする(右第二の三1(一)(2))。

しかしながら、① SPSA契約においては、個々の条項によって権利を取得し、又は、義務を負担する当事者が誰であるかが明確に規定されているところ、同条項の第一文においては、右条項における義務者として買主(原告)のみが、記載されていること、②SPSA契約・第六条の五の二(右第二の二3(二))及び議決権信託条項には、ともに議決権信託が被告の利益のためにされることが明示されていること、③ 議決権信託条項においては、「当該議決権信託契約の最低必要条項」として僅か五つの条項が列挙されているにすぎないことに、④ 「当事者は議決権信託契約の完成〔締結〕を招来する状況を回避する一切の合理的手段を求めなければならない。」との議決権信託条項の最終文は、議決権信託契約が未だ締結されていないことを前提としているように読めることを併せ考慮すると、議決権信託条項をもって、原、被告間に、本件議決権信託契約が成立したものと認めることはできない。のみならず、右(一)のとおり、株式買戻条項は議決権信託契約の一条項にすぎないから、原告も自認するとおり議決権信託契約が日本法上無効と解される以上、株式買戻条項もまた無効である。したがって、この点についても原告の主張には理由がない。

3  以上のとおりであるから、争点2について判断するまでもなく、原告の、被告に対する第一次請求(売買代金請求)には理由がない。

二  争点3(詐欺)及び4(錯誤)について。

1   <証拠略>には、原告の主張に沿う記載がある

2  しかしながら、① 前述のとおり、SPSA契約締結に関与した者は、いずれも契約締結事務に関して十分な経験を有し、契約書に定められた個々の条項の意味内容についても十分理解し得る能力を有していたというべきであるうえ、原告は、右事務に際してソーブル弁護士の助言を受けていること、② 甲一に右第二の三3(一)(1)の原告主張のような合意の存在を示す条項はなく、かえって同契約が終局的なものであることを前提とした規定がある(第六条の一)うえ、甲一とは別に右合意を記載した書面が作成されたような事情も窺われないこと<証拠略>、③ <証拠略>には、原告の主張を否定する記載があること、④ <証拠略>の各記載は、原告が、本件子会社の社員又は金融機関を相手として行った説明にすぎず、原、被告間の契約締結交渉の内容を直接示すものではないこと等の事情に照らすと、右1掲記の証拠によっては原告主張の事実を認めるに足りず、他に、右事実を認定するに足りる的確な証拠もない。

3  したがって、原告の、被告に対する第二次請求(不当利得返還請求)も理由がない。

第四  結論

以上の次第であって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部秀穗 裁判官角隆博 裁判官田中一彦)

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